建築家 丹下健三氏

1913年に大阪府堺市で誕生し、2005年に亡くなるまでの92年間、建築家としての貢献は非常に偉大なものがありました。

「世界の丹下」とも称され、活躍の場が世界に広がった日本人の第一人者です。大学時代に、世界三大巨匠のひとりであるフランスのル・コルビュジエの作品に影響を受け、建築家を志しました。

建築は主に、19世紀以前の建築様式を否定し、機能主義、合理主義である近代主義建築のモダニズム系統ですが、後々は様々な建築様式を取り入れた建築へと変わっていっています。

最初は、戦後の復興時代ということもあり、主に都市計画に関わって活躍していましたが、広島の平和記念公園へのコンペで作品が選ばれたことが大きな転機となり、その後は旧東京都庁や香川県庁舎を設計します。

また東京オリンピックでは国立屋内総合競技場の設計も行ない、これで一躍、丹下健三氏は世界へと羽ばたきました。

丹下健三氏が建築家としてかかわった都市計画には、主に戦後の復興期においては福島市や北海道の稚内市を手掛けましたし、その他にもアメリカやイタリアなど、世界各国で都市計画に関わっています。

ナポリ市の新都市計画やフランスのセーヌ川左岸都市計画、ナイジェリアの新首都アブジャ都心計画、台湾の台中市千城商業地区、ベトナムのホーチミン市新都市計画も、丹下氏が手掛けたものです。また建築家として関わった建築物には、広島の平和記念公園を始め、東京オリンピック国立屋内総合競技場(現在の国立代々木競技場)、東京都の旧都庁、新都庁、大阪万博のお祭り広場、津田塾大学図書館、立教大学図書館などの大学図書館、東京カテドラル聖マリア大聖堂、山梨文化会館、クウェートやブルガリア、メキシコなどの大使館、横浜美術館、幕張プリンスホテル、日光東照宮客殿・新社務所、東京ドームホテルなど、多数あります。

また丹下氏が受賞した賞は、1965年にRIBA(王立英国建築家協会)のゴールドメダル、1966年にアメリカ建築家協会(AIA)のゴールドメダル、1987年プリツカー賞、1993年高松宮殿下記念世界文化賞建築部門賞などがあり、さらに勲章としては、従三位勲一等瑞宝章、文化勲章、フランス政府からはレジオンドヌール勲章を受章しています。